忘れられない夏の日 その2

一番泣いた日

まだ温かいにゃあさんを抱え、止まらない涙を拭きもせず、わたしは声をかけて彼女をなで続けました。

「苦しかったね。がんばったね。いい子だね」

「ひざの上で甘えたかったのに下ろしてごめんね」

猫ベッドにまあるくなるように寝かせてあげたので、パッと見ると本当に寝ているようです。

実際のところ小一時間は声を出してひたすら泣いていたように思います。でも冷静な部分のわたしが動物病院に電話をかけさせました。夕方も連れていくつもりだったから、病院でも治療の準備をしてくれているはずなので。

泣きながら電話したので、気を使ってくれたんでしょう。診療中で忙しいのに先生に代わってくれたので、 帰宅後すぐに急変してにゃあさんが亡くなったことを報告しました。

「これだけは言っときますね。あなたは毎日頑張りました」

そう言われて、さらに涙が出たわたしは「ありがとうございました。お世話になりました」と言うのが精一杯でした。

ペット霊園

悲しみに浸りながらも<やっと苦しみから解放されたにゃあさんの亡骸をそのままにしておくわけにはいきません。なにせ8月。お盆過ぎ。真夏なんですから。

賃貸なので庭に埋めるわけにもいかないし、中学生の時に校庭に迷い込んで死んだ猫を部活のみんなと埋めてあげた時、穴が浅かったのか土にウジが群がる様はトラウマです。

調べたら車で1時間ほどの所にペット霊園があったので、電話して翌日火葬してもらうことにしました。

亡骸を「きれいな猫ちゃんですね」と言ってもらい、お花を添えて、その姿にさいごの言葉をかけて、お別れをしました。

その後、焼かれた骨を骨壺にお箸でひとつひとつ入れるのは人間と一緒です。

ペットロス?

その後半年間は、それこそ毎日泣きました。ふつうに生活してても、ふと思い出して涙がでてくるんです。そしてその度に、しかたなっかたとはいえ、あの日最後にひざに乗りに来たにゃあさんを拒否したことを悔やんでいました。安全上しかたない。しかたないけど猫には関係ない。慕った相手に拒否された悲しみをにゃあさんが持ったまま逝ったとしたら・・・。

まあ相手は亡くなってるし、そもそも猫だし、わかんないんですが。人間の感情的に、ね。

恨んで化けて出たっていいよ、また会いたいよ、にゃあさん。

霊感0のクセにそんなこと考えたりしてました。

ひたすら泣いてたので友人には心配されまくりでしたが、本人はいたって前向きでした。

悲しいときはとことん悲しんでいいじゃない。悲しいからって猫を飼ったことを後悔なんかしないし。今はまだ悲しさでいっぱいだけど、いつかまた猫を飼いたい。だってにゃあさんと過ごした時間はしあわせだったもの。その時間や思い出は消えないし、色褪せない。

※これ書きながらまた思い出して泣いてます。何年たっても愛しい我が子を思って泣くでしょう。大きい犬はお友達、小さい犬は我が子のようだと言いますが、猫も一緒です!

いつかまた猫を飼いたい、そう思って数年後

運命の出会い再び
ひとめぼれ にゃあさんとお別れをして数年後、夫と暮らし始めて1年ほどたった春の日。お花見の帰りでした。 夫は実家で犬を飼っていたことがありましたが、猫を飼ったことはありませんでした。逆にわたしは犬を飼ったこと...

 

猫のこと
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